用地内に農地を持つ石井紀子さんの訴え

 運輸省は先日、成田空港の2千5百メートルの予定の平行滑走路を2千2百メートルに短縮し、北側にずらすという案を発表しました。この方法だと反対派の農家の土地にはさわらず、短くても短距離用の平行滑走路としての役割は果たせるそうで、運輸省にとってはこの間の用地取得問題を解決する都合のいい手段なのでしょう。

 しかし、この滑走路南端には農家2戸を含む3戸12人が住み、ワンパックの出荷場と鶏舎とらっきょうの加工所があります。この案でいくと滑走路から一番近い小泉さんまで4百メートル足らず、出荷場や鶏舎までは5百メートル位しか離れておらず、着陸機は頭上40メートルを飛ぶことになります。これはすさまじい近さです。実際に飛行機が飛ぶようになったらとても暮らしてはいられず出荷場も使用出来ないのかもしれません。うちの畑も滑走路の延長線上ではありませんが、直線距離にして1キロ足らずのところに位置しています。

 なぜそうなってまでここに居続けようとするのかと思う方もおられるでしょうが、それは私たちの営んでいる農業のあり方と密接に係わっています。

 当初の滑走路予定地である東峰部落のほとんどの農家は有機農業を営んでいます。有機農業は何よりも土が基本です。長年に渡って堆肥を入れ、鶏糞を入れ、油粕や米ぬかや様々な有機肥料を多量に投入して、だんだんと有機栽培のできる畑に仕上げていくのです。うちの畑で言えば、20数年、農薬も化学肥料も一切使わず土中の微生物を増やすことを心掛けてきました。様々な有機物、良い働きをする多くの菌、虫や虫の糞、そういったものが構成する「有機土」によって初めて、いい有機野菜は作られるのです。農薬によってそういうものが損なわれぬようね除草剤も殺虫剤も使わず手で草をとり、作物の葉についた虫をとってきました。省力化の為の薬剤の恩恵にあずからぬこうした手労働によって、野菜を作る側も食べる側も双方が信頼できる土を作ってきたのです。

 平行滑走路用地内の畑はすべてこういう畑です。こうした土は代替えがききません。この土を手放してはもう有機農業はできないのです。表土を剥がして運ぶ商売もあるそうで、そういう方法で畑の移転が可能だとしても、それでうまくいけばよし、いかなければ全てを失うことになるのです。うまくいくという保証はどこにもありません。また一から始めるとしたら長い長い時間がかかります。その間私達の野菜を信じて食べ続けて下さる大勢の消費者の皆さんをお待たせするわけにもいかないのです。

 有機農業にはまた、大気や水など土を取り巻く自然環境の保全も不可欠な課題です。空港が大きな意義のある公共性を持つように、人の命と暮らしに係わる環境を守っていく有機農業も、同じ重さの公共性を持つのだと思います。それは本来、どちらが重要だとかの優先順位で語られるべきものではないでしょう。しかし空港が農地をつぶすことでしか成立し得ないのであれば、両立は不可能です。

 私達はすでに、静かな暗い夜を奪われ、満点の星きらめく夜空を奪われ、風向きによっては話もできぬ程の騒音に耐えながら暮らしています。この上さらなる騒音に耐えろ、耐えられないなら売って移転しろというのが今回の運輸省の姿勢です。今まで何十年にも渡って築きあげてきた全てを捨ててどんな未来があるのでしょう。この土を売却することは自ら仕事を捨てること、職を失うことです。そしてまた、この農法を信頼して野菜を食べて下さる方々を裏切ることでもあります。

 遺伝子組み替え食品が当たり前のように食生活に入り込んできている現在、安全で健康な有機野菜は更に需要が増していくことでしょう。一朝一夕にはできぬ完成された有機畑をつぶして滑走路にしてしまうことが、本当に「国益」をもたらすのでしょうか。どうしてもここでなければいけないのでしょうか。成田空港の建設に係わる問題とは、本質的には農業問題であるのです。日本の農業の未来を考え、有機農業の発展を目指している私達はここをこそ話し合いたいのに、運輸省の言う「話し合い」とは土地取得の為の交渉でしかないから拒否してきたのです。それなのに「いつまでたっても話し合いの席につかないから」という理由で、こんな地上げ屋の嫌がらせのような強行案を出してくる以上、運輸省の「話し合い解決」はポーズにすぎないと思わざるを得ません。

 ここでいつまで農業をやっていけるのだろうか、神経がまいっていくのではないか、など考えだすと不安で、夜中に目覚めて眠れなくなることもしばしばです。どうか皆さん、力を貸して下さい。家庭で、職場で、学校で成田問題は農業問題なのだということを話して下さい。意地の張り合いやイデオロギーではなく、農業を大切に思うから平行滑走路を拒否しているのだと話して下さい。独自のネットワークをお持ちの方やインターネットをおやりの方々、この文章を海外を含めた多くの人に伝えて下さい。

 どうか力を貸して下さい、お願いいたします。         (石井紀子)