『地域と共生する空港づくり大綱』への見解と提言

成田空港から郷土とくらしを守る会

1998年9月1日

氈Aはじめに

 私たち『三里塚空港から郷土とくらしを守る会』は1971年3月に結成されました。その後、空港の名前が一般的に『成田空港』と呼ばれるようになり、会も『成田空港から郷土とくらしを守る会』に変えて現在に至っています。

 結成当時の会員は地元・周辺住民を中心に約150名、それに団体会員が約20団体でした。

 会は「地元周辺の住民生活を空港がもたらすあらゆる公害から守るために、主に、調査研究の面で貢献し、行動する。」という目的で設立されました。

 設立当初から航空機騒音公害に対する啓蒙運動から始まり、飛行機が飛び始める前の地域の騒音調査(暗騒音調査と言う。結果は1974年7月に資料集;3として発行。)、開港前のテスト飛行から開港後の飛行機の騒音測定を数多く実施、開港時の1978年7月には[@夜9時すぎの発着を禁止する。A現行便数を凍結し、増便させない。B1機毎の取り締まりを強める。C年度内に70WECPNL区域の防音補償を。D空港計画の全面的再検討。]と言う、資料集;5『騒音軽減に関する五つの提言と参考資料』を発表しました。

 また、公団主催の騒音対策委員会に1972年4月の第1回より欠かさず参加し住民の要求を反映させるなどの活動を行い、現在も住民の力になるべく活動しています。

 今回,運輸省と空港公団が『地域と共生する空港づくり大綱』(以後「共生大綱」と略します)を発表しました。これは今後の成田空港の行方を左右する文書と思われます。この『共生大綱』には従来の運輸省の立場よりも進んだ考え方も多く認められますが、地元・周辺住民の立場から見るとまだ不十分な点も見受けられます。

 これらの点について、本会の見解を述べるとともに、具体的な提言をしたいと考えます。

、『地域と共生する空港づくり大綱』の問題点

1,円卓会議は周辺住民の総意を代表してはいない

 この『地域と共生する空港づくり大綱』では、最初に「この共生大綱が成田空港問題シンポジュウムと円卓会議の合意を受け、周辺住民と成田空港の共生の合意の上でで提案された。」と述べています。

 しかし、この『円卓会議』はさまざまな考えを持った周辺住民の代表がこぞって参加し、自由で公平な討論の上で行われたものでは決してありません。

 『周辺住民代表』として参加していたのは『反対同盟・元熱田派』(それも、元熱田派の総意とも言えません)と『空港完成積極的推進を目指す人達』と『一部自治体の関係者』だけだったのです。

 この一部の地元・周辺住民との合意をもって「成田空港問題は社会的に解決され、今後関係者が進んで行く道筋が理念的にも示されるところとなった。」と、あたかも、成田空港問題が解決し、反対運動や住民運動が終焉を迎えたかのごとく言うのは詭弁でしかありません。

 ましてや、この結論を『共生大綱』と言う名目で、今なお深刻な騒音被害に悩まされている地元・周辺住民の全てに押しつけようとする運輸省の態度は言語道断なものと言わざるを得ません。

2、『共生大綱』が周辺対策の最終目標になってはならない

 また、運輸省はこの『共生大綱』を周辺地域対策の最終目標にしようとしているようですが、これも許すわけにはいきません。円卓会議に参加した『一部住民』はこれで納得できるかもしれませんが、全ての地元・周辺住民に対し「これで納得せよ。」という押しつけも容認できるものではありません。

3、『共生大綱』を平行滑走路2000年度完成のお墨付にしてはならない

 8月20日に行われた『千葉県関係自治体に対する新飛行コース説明会』で運輸省は「9月末までに関係自治体の了解をいただきたい。」と述べたとのことですが、これも、運輸省がこの『共生大綱』を十分に検討する機会を与えずに、単に自治体の議会の了承をもって「地域の皆さんの了承が得られましたから、『共生大綱』はこれからの全ての指針になります。」と平行滑走路2000年度完成に向けて邁進する『お墨付』にする意図が見え隠れしています。

 この『共生大綱』に書かれている空港整備事業の多くが来年度予算の概算要求に盛り込まれていることからも、運輸省がこの『共生大綱』を『お墨付』として、住民の意見を十分に聞かずに押し進めようとしている事は明らかです。

 この態度は“地域と空港の共生”の精神に反していることは明らかです。

4、「成田空港の軍事利用は行わない」という約束に触れていない

 現4000m滑走路の南端に旧平和塔がありました。この旧平和塔を撤去するときに運輸省は航空局長名で日本山妙法寺・平和塔奉賛会・本会の3者に対して『成田空港のいかなる軍事利用も行わない。』という約束をしています。

 成田空港の軍事利用が行われると、騒音対策を行っていない軍用機による騒音被害の拡大、民間機と軍用機の速度の違いによる航空機事故の危険など周辺住民の平和と安全と環境に計り知れない悪影響を及ぼすものと考えられます。

 運輸大臣は過去の国会答弁の中で「成田空港の軍事利用はしない。」と明言していますが、昨今、日米防衛協力のガイドライン作成の中で民間空港の軍事協力の問題が取りざたされています。ところが、『共生大綱』の中ではこの問題が全く触れられていません。

5、航空機騒音環境基準の達成が明記されていない

 この『共生大綱』の中で騒音対策については述べられているのですが、それは全て『騒音防止法』の立場でしか書かれていません。『騒音防止法』では75WECPNL以上の騒音地域について民家防音の対策をとることになっています。

 ところが成田空港周辺の『航空機騒音に関する環境基準』では周辺地域のほとんどが「屋外の騒音を70WECPNL以下にする」ことになっており、それが出来ないときには防音の対策をとることになっています。

 ところがこの『共生大綱』では騒音に限ってはこの『環境基準』について一言半句も触れられていないのです。

 平行滑走路完成後の騒音についても「便数が少なくなるし、低騒音機も増えるから騒音防止法の範囲内に抑えられる。」と得々として書き、『環境基準』を達成する意図は全く感じられません。

 このことは運輸省が『環境基準』達成の意思を全く持っていないことを示しています。これで「十分な騒音対策を実施する」といえるでしょうか。

 大気質や水質については「環境基準を達成している。」と誇らしげに書いているのとあまりにも対称的です。

6、横風滑走路は白紙に戻して再検討すべきではないか

 横風用滑走路について『共生大綱』では「横風用滑走路については、円卓会議で合意したとおり、平行滑走路が完成した時点であらためて地域に提案し、その賛意を得て進めてまいります。」と書かれています。「賛意を得て進めてまいります。」ということは当然、建設を前提とした考えが根底にあると思われます。

 また、平行滑走路の建設と同時に横風用滑走路の整備も進め、連絡用通路として使用するとの事ですが、平行滑走路の完成と同時に横風用滑走路も事実上完成させるつもりではないでしょうか。

 横風用滑走路はいうまでもなく、横風が強いときに使用する滑走路です。しかし、成田空港では開港以来、航空機の性能の向上もあり、横風のために現滑走路が使えなかった例はほとんどないと聞いています。とすれば、建設を前提とするのは早計ではないかと考えます。

7、地域の振興の責任を自治体に押しつけてはならない

 『共生大綱』のなかでは、空港と地域の共生のために色々なことが書かれています。しかし、地域振興策については「できる限り努力します。」とか、「できる限りの協力をいたします。」とか、「関係各方面に働きかけます。」というような文言がほとんどです。

 地元・周辺住民は騒音などの被害に悩んでいるのです。『防音工事をすればそれで良い』という問題ではありません。

 町の約半分が深刻な騒音に曝されている芝山町で今年3月に実施されたアンケート調査では、「芝山町を住みよい町と思うか。」という問いに対して、42.8%の町民が「住みづらい。」と答え、その理由として42.1%の人が「飛行機の音がうるさい。」と答えています。また、「将来も芝山町に住み続けたいと思うか。」という質問に対して、23.7%の人が「移住したい。」と答えています。平行滑走路が完成すれば芝山町はほぼ全町が激しい騒音下に曝されることになります。

 成田空港の計画が発表された時の芝山町の人口は約9600人でしたが、現在の人口は約8700人に減っているのです。

 最近の芝山町議会でも、「開港時の11項目の約束事項さへ実現していないものもある。芝山鉄道も開港時の約束で、今さら『共生大綱』で取り上げること自体、運輸省のやる気のなさを現している。」という発言がありました。

 最近、運輸省は地域の振興について地元の自治体や共生財団任せにしている傾向が見られます。口先ではなく、もっと具体的な成果が見られるよう運輸省として責任を持つべきです。

8、新飛行コースの問題点

@新飛行コースの根拠となったコース別・時間帯別・滑走路別便数のデーターが示されていない

 今回の『共生大綱』には新飛行コースの根拠となったデーターが公表されていません。これは騒音を予測する上でも絶対に必要なものです。

 これらのデーター(コース別・時間帯別・滑走路別便数など)を何故公表しないのでしょうか。「住民に公表してもわからない。」という事なのでしょうか。

A飛行コースを守る気があるのだろうか

 今回の新飛行コースの発表にあたって運輸省は『標準コース』という言葉を使っています。この『標準コース』とは一体何なでしょうか。これは、「飛行機のコースは鉄道の線路のようには行かない。少しぐらいコースを外れても仕方ない。」とする運輸省の考え方を反映しているものと考えられます。

 確かに線路を飛ぶようには行かないことは理解できます。しかし、飛行機がどこを飛ぶかは、下の住民にとっては切実な問題です。当然ですが、真上を飛ぶ場合とかなり横をとぶ場合は音の大きさはかなり違います。特に、飛ばないはずの所を飛ばれた場合は、対策もないのですから被害は深刻です。

 また、今回は管制上の必要から『面的運用』という新たな考え方がとられています。その必要性は理解できますが、『面的運用』の範囲はできるだけ狭くし、飛行高度の低いところでは『面的運用』はすべきではありません。この点から見ると空港北側の茨城県南東部地域の『面的運用』部分をもっと狭くすべきと考えます。

 さらに、主に離発着時の高度が十分でない部分の飛行コースの幅について、騒音対策委員会での本会の要望もあり、2年前から検討しているとのことですが、今回の『共生大綱』には出ていません。

B飛行コースのずれをどうするのか

 新飛行コースでも北に向かって離陸する飛行機の右旋回が乱れることが予想されます。また、飛行コースは正常でも並外れた低空飛行が見受けられ、これは思いがけない大きな騒音の原因になります。

 『共生大綱』ではこのようなコースずれに対する対策が全くありません。

C九十九里浜の待機空域は早朝の眠りを妨げる

 新飛行コースを見ますと九十九里浜に作られている待機空域が陸上にかかって設定されています。本会では第19回騒音対策委員会の席上「6時前、早いときには5時半頃から着陸を待つ飛行機が多いときには5機も旋回し、海岸から5Kmも陸上に侵入して朝の眠りを妨げている。待機は海上で行うべきである。」と要望してきました。

 今回の飛行コースではこの待機コースが陸上にもかかるように設定されています。これでは九十九里浜近くに住む住民の被害は大きくなります。

D狭い空域で管制上の問題はないのか

 素人には難しいことなのですが、現在でも混雑している成田空域に平行滑走路完成後は1.5倍の飛行機が集中することになり、管制が非常に難しくなると思われます。

 特に、南風の場合、霞ヶ浦南岸の『新レイクス・ポイント』には2本の滑走路に着陸する飛行機が集中することになります。年間20万回の離発着でおおざっぱに計算すると、空港の運用時間である午前6時から午後11時まで平均して約4分に1機が通過することになります。ラッシュ時間帯には1.5分に1機が通過することになるでしょう。

 最近の旅客機は大型化し、その機体の後方に生じる乱気流は激しいものがあります。特に比較的小型の旅客機がこの乱気流に巻き込まれた場合かなり危険な状況も生まれると思われます。

 また、混雑する空域の管制にいらだつ管制官の判断を狂わすこともないとはいえません。

。、共生大綱への提言

 以上述べたような問題点を踏まえて、以下の提言を行います。

1,今回の「共生大綱」をたたき台にして、十分な時間をかけ、住民の意向を反映する『共生大綱』にする。

2、そのために、住民への説明会をできるだけきめ細かく行う。

3、「成田空港の軍事利用はしない」ことをあらためて明記する。

4、騒音の環境基準を達成する事を目標として明記する。環境基準が達成できない場合は70WECPNL以上の地域に民家防音などの対策を行う。

5、横風用滑走路については、平行滑走路が完成した後でその必要性も含めて住民と検討する。

6、地域の振興策については自治体任せにせず、運輸省が責任をもって実施・点検する。

7、新飛行コース設定の根拠となった諸データーを直ちに公表する。

8、飛行コースの幅はできるだけ狭いものとし、騒音地域を拡大しないようにする。

9、飛行コースの常時監視システムを設置し、正当な理由なく,飛行コースと高度を大幅に逸脱した航空機に対しては制裁措置をとる。

10、九十九里浜の待機空域は10Km沖合いに移動する。

11、安全運航のために、成田空域を拡大するか、総便数を計画よりも削減する。

12、環境のリアルデーターが簡単に安く誰でもが入手できるような対策を取る。

「、終わりに

 以上述べたようにこの『共生大綱』にはその成り立ちから内容まで色々な問題点があります。

 もし、運輸省が本気でこの『共生大綱』を成田空港の将来の指針としたいのなら、今回発表の案にはこだわらず、これをたたき台にして地元・周辺の自治体と住民の意見を徹底的に聞き、1年でも2年でも時間をかけて練り上げるべきだと考えます。

 運輸省は20日に開かれた千葉県の関係自治体に対する新飛行コースの説明会で「9月末までに各市町村の同意をお願いしたい。」と述べたとのことですが、これでは住民の意見を聞くことも、提案を受け検討するることも出来ません。“共生”の精神とは縁もゆかりもない従来型の上意下達の官僚思考そのものです。運輸省は『9月末』という期限を撤回して、腰を据えて住民の考え方を聞くべきではないでしょうか。

 また、円卓会議に参加した元熱田派の諸氏も「自分達だけが周辺住民の意見を代表している。」と思わずに、謙虚に色々な人達の意見を聞き円卓会議の合意事項であっても正すべきものは正すという気持ちで事に臨んで欲しいと思います。

以上