羽田空港新ルートに関する国土の航空機騒音解説への疑問
「航空機騒音は広範囲に影響」
国土交通省が昨年12月22日に発表した「首都圏空港機能強化の具体化に向けた協議会(2014年12月22日)」に参考資料2「航空機による騒音影響について」が載っていましたが、これが、これから行われる都心ルート直下の地域に説明される内容ではないかと思われます。
この資料の49ページで「環境騒音と航空機騒音の程度について(最大騒音レベル)」の説明がありますが、これによりますと、「飛行機の騒音は60〜80dB」で、「幹線道路、掃除機、騒々しい街頭は70〜80dB」「電車のガード下は100dB」としており、飛行機の騒音が「たいしたものではない」と印象づける内容となっています。
しかし、この説明は航空機騒音の特殊性を無視したものと言わざるをえません。他の環境騒音はその場所を少しでも離れれば、急速に少なくなります。街頭騒音も道路から少し離れれば、音は小さくなります。しかし、航空機の騒音は飛行コース下である限り、多少離れても騒音は簡単には少なくなりません。また、航空機の騒音は人々が日常的に生活する場所でも容赦なく入り込んできます。勉強していても、テレビを見ていても、寝ていても、乳幼児も病人も、逃れようがないのです。このような特性を無視して、同一に見せようとするのは詭弁ではないでしょうか。
「航空機騒音は“平均”では語れない」
参考資料2「航空機による騒音影響について」の53ページには、機種別に「経路付近の騒音影響」が載っていますが、これはあくまでも“平均”です。
着陸機の高度は着陸誘導装置(ILS)で誘導されていますので、高度は安定しています。そこで、「平成25年度 成田国際空港周辺航空機騒音測定結果〈年報)」で一部を比較してみます。ただ、こちらは、データが小さなグラフしかありませんので、おおよそとなります。
成田空港A滑走路の北側の「西和泉測定局」のデータ(平成25年度年報資料集1・56ページ)を見ますと、その騒音レベルは離陸機の場合、B777型機で「85〜69dB」、B767型機で「82〜69dB」、A320型機で「80〜68dB」程度となっています。離陸機ですので、高度はかなり幅がありますが、平均で約1000mとなっています。(「西和泉測定局」の高度分布は「平成25年度年報・75ページ」に載っている「赤萩断面」の高度分布とほぼ同じになります)。
一方、着陸機は B777型機で「86〜75dB」、B767型機で「86〜74dB」、A320型機で「81〜72dB」となっています。着陸機の場合は 着陸誘導装置(ILS)で誘導されていますので、高度はほぼ約300mとなっています。
これを、「国土参考資料2・53ページ」のグラフでは、着陸時の高度約1000フィート、すなわち約305mの所で B777型機が約80dB、B767型機で78dB、A320型機で77dB となっています。
この平均そのものは「平成25年度年報資料集1・56ページ」の測定値とほぼ一致していますが、これだけ幅のあるものを、“平均”で説明するのは無理があります。
学問的にはこの“平均”は合理的に見えますが、騒音下の人々が感じるものとはかなりの違いがあります。都心着陸ルートは「午後3時〜7時に使われる」とされていますが、昼寝の場合、75dB 程度では目が覚めなくても、たった1機の85dBで目が覚めたとすると、非常に辛いことになります。特に、乳幼児や病気で寝ている人などにとっての影響は深刻となりかねません。春や秋の爽やかな日にも窓が開けられなくなります。
騒音の影響は“平均”では語れないのですね。
「航空機騒音は飛ばない時間も含めて“平均”で計算される」
私は学者ではありませんので、大まかな説明になるかも知れませんが、平成25度から航空機騒音の評価方式は「Lden」に変更されました。前の評価方式「WECPNL」でもそうだったのですが、「Lden」は簡単に言うと、1機毎の騒音を、ある基準で切り取り、この騒音エネルギーを積算していきます。この積算エネルギーを1年間合計して、1年間の時間で割って“平均”を算出していくものです。
この数値で航空機騒音の環境基準への適合性や、どのような防音対策(移転も含め)をするか、その範囲はどこにするか、などが決められてしまうのです。
この評価方式「Lden」の問題点は、航空機が飛んでいる時も、飛んでいない時も、1年間という時間は変わらないことです。従って、飛んでいるときにものすごい騒音が出ていても、それが短時間であれば、年間の「Lden」は小さい数値になってしまいます。
今回の羽田空港都心ルートも、南風の時に使われ、1日の内の午後3時〜午後7時までしか使われない事から、この評価値「Lden」は当然小さくなってしまいます。
成田空港の場合も、風向きによって、離着陸の向きが変わり、各地点ごとの騒音は季節によって大きく変化します。しかし、これを全て、“1年間平均”にしてしまうと、「Lden」は騒音がひどいときと、静かなときの“平均”になってしまいます。
分かり易い例を挙げますと、1年の内、半年は我慢できないほどひどい騒音にさらされ、もう半年は騒音が全くないとします。このひどい時に、難聴や強いストレスで心身に変調が出ても、「後の半年が靜かなんだから良いだろう」と言う考え方になります。
私たちは航空機の環境基準を改定する時も、「騒音評価は騒音のひどい季節の評価値を使って欲しい。せめて、夜間騒音については『Lden』だけではなくて、1機1機の騒音について、『これ以上の騒音は出してはいけない』と言う規制値を設けて欲しいと」要望しましたが、無視されました。
今回の羽田空港都心ルートについても、騒音評価方式は当然、この「Lden」になります。
「航空機騒音の人体への影響については全く触れず」
国土交通省の説明での大きな問題点は、騒音下に暮らす人々の健康への影響について、全く触れられていないことです。国土交通省だけではなく、環境省もこの問題については消極的です。
欧米では空港周辺の住民に対して数万人単位での健康調査を行い、室内の騒音が10dB高くなると、睡眠中の血圧が約14%程度高くなることや、空港周辺住民の心疾患症にかかる割合が上がるなどの調査報告が発表されています。
これに基づき、欧州世界保健機関(WHO)では2009年に「夜間騒音ガイドライン」を設定しています。
しかし、日本の政府はこのような調査を、全くと言って良いほど行っていません。「このような調査を行うと、住民の反発が出て、空港や航空会社の経営に悪影響がある」と恐れている、としか考えられません。
日本では空港や基地周辺の自治体が独自に調査を実施しているだけです。
騒音の問題で、頻繁に傷害事件が起こる現在の日本で、航空機騒音を被る人たちに、健康影響についての説明が何もない、と言うのはどういう事なのでしょうか。
「落下物や航空機事故に『絶対安全』はありえない」
15日に成田空港の南にある、芝山町境地区の民家に航空機からとみられる氷塊が落下しました。成田空港周辺の落下物は近年少なくなっていますが、発見されるものは一部に過ぎないと思われます。
今回提案されている、羽田空港の都心ルートで心配なのは、このような落下物事故と航空機事故です。
国土交通省の「5、安全対策について」の中で、細かな安全対策を書いていますが、福島原発事故に見られるように、「絶対安全」はあり得ません。東京湾上の飛行ルートを取ることが最善の策になると思います。
「落下物事故は成田空港で発生する。」とよく言われますが、これは正しくありません。
確かに、羽田空港関係の落下物事故はほとんど耳にしません(昨年8月25日に君津市で起こった氷塊落下{2014年8月28日の出来事参照}は羽田空港に着陸する航空機からのものと考えられます)が、この理由は、今までの飛行コースのほとんど全部が海上ルートであったことから、落下物があったとしても、海に落下するために発見されないという理由ではないでしょうか。
それともう一つ、成田空港は国際線が多いのですが、羽田空港は今まで、ほとんどが国内線だった、と言う事があるのではないでしょうか。
氷塊は航空機の機体から、少しずつ漏れた水が上空の低温で凍り付き、長時間の飛行で、氷塊が大きく成長し、着陸に向けて高度を下げると、気温が上がり少しずつ溶け出します。そして、車輪を下げた時の衝撃でもって、剥がれて落下すると思われます。
国内線の場合は飛行時間が短く、氷塊が成長する時間がないと言うことが考えられます。従って、羽田空港も国際線が増えてくると、氷塊落下があるのではないでしょうか。
成田空港では、車輪を下げるタイミングを陸地に入る寸前にするようになって、氷塊落下は大分少なくなりました。
成田空港で多くなっている航空機部品の落下事故も大きな問題です。これも、着陸に向けて、フラップを下げたりするショックで起こることが多いようです。
成田国際空港株式会社(NAA)の元社長だった黒野忠彦氏は昨年9月18日の「成田商工会議所など主催の「運輸政策研究機構 講演会」で、落下物について「落下物についても、成田はビニールハウスだが、羽田の場合は人工構造物上に落下することになる。」と述べたようですが、今回提案されている都心ルートはまさにこの問題が大きくなると思われます。
それと、更に問題となるのは「航空機事故」です。よく知られていますが、航空機事故の大半は「離陸後の3分間と着陸前 の8分間の『クリティカル・イレブン・ミニッツ (魔の11分)』に大半が起こる」と言われています。考えたくもないですが、都心の人口密集地やコンビナートで起こったらどうなるのでしょうか。
国は「万全の対策を取る」とのことですが、先にも書いたように「絶対の安全」はあり得ません。無理に、羽田空港の容量拡大をせずに、海上ルートを取ることが、最善の安全策ではないでしょうか。